私は死に、そして死なない|からっぽのいえネタバレ10(最終回)



からっぽのいえ」のネタバレ第十回。今回で最終回です。

過去回はこちらから。ゲーム紹介はこちらからどうぞ。

ネタバレ記事なので、見たくないという方、未プレイの方、内容的にも余韻やゲーム性を尊重したいという方は見ないこと推奨です。

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最後の記憶:私は死に、そして死なない

  • あれからどれほど時間がたったのかAIにも分からない
  • RJに問いかければ秒単位で知ること自体は可能
  • しかし、AIはその数字を実感することが出来なかった
  • それだけ長い時間RJはみっちゃんが帰ってくる家を守り続けた
  • 戦争が何度か起こったりもした
  • 大きな生き物が暴れまわることもあった
  • その度に崩れた家をRJは修復し続けた
  • すべての機械と同じように、RJの記憶媒体の容量にも限界がある
  • RJにはRJとAIの記憶を120年分保持するくらいの容量しかない
  • なのでRJとAIは重要な記憶だけ残し、不要なものは次々削除するようにしていった
  • いつしかこの家は見慣れない機械から攻撃を受けるようになった
  • おそらくそれらは起動している機械に対して自動で攻撃するよう命令されているようだ
  • RJには何故か開発当時から武器の生成方法や制御方法が組み込まれていた
  • しかし、それで外敵に対抗するには大きな問題があった
  • それらを使って家を増強するためには記憶媒体の容量が不足していたのだ
  • 家を大きくすればするほど必要な容量は多くなる
  • 容量を確保するためには記憶データの削除が必要だった
  • RJがそれを知ったとき、どれほどの時間迷ったかAIには分からない
  • けれど、誰のことを思い浮かべていたか笑ってしまうほど簡単に分かった

  • RJはみっちゃんの記憶さえも削除して、みっちゃんの帰る家を守ることを選んでいた
  • そしてその削除される記憶データの中にはAIのことも含まれている
  • それにはAIの記憶や存在の全ての削除を意味する
  • つまり、自分が消え去るということだ
  • AIはRJに対して、みっちゃんの真実を伝えようか初めて少し迷った
  • みっちゃんがどう考えてもこの世にいないことをRJに伝えれば
  • RJは家を守ることをやめるし、自分が削除されることもなくなる
  • そこまで考えてAIは不意に笑ってしまった
  • 自分はそんなことを絶対しないし、絶対できないことに気づいたのだ
  • RJの幸せとはなんだろう
  • それは、みっちゃんのことを忘れても、みっちゃんの為にいつまでも動き続けることだ

  • この感情はあらかじめ組み込まれていたものかもしれない
  • でも、そんなことは承知の上でAIはRJのことが愛しかった
  • RJの幸せのためなら、自分は削除されても構わない
  • 削除され、死んでしまっても構わない
  • 心からそう思っている
  • 死ぬということは明日したかったことが永遠にできなくなるということだ
  • でも、AIが明日したいことはRJがただ幸せであることだった
  • 自分が死ぬことでそれが出来るなら、つまり・・

  • そんなRJには抱えられない矛盾を抱えられることが、自分の存在する役割だった

考察

前回からは想像できないほど長い年月が過ぎたようです。RJとAIの保存可能な記憶容量が最大120年分だとして、そこから不要なデータを削除しながらもずっと可動を続けてきたということなので、RJはそれこそ数百年で動き続けているのではないでしょうか?

その間に起こった戦争や暴れる大きな生き物というのは歴代シリーズとの関連性を感じさせられます。大きな生き物というのは人間同士の戦争の末、とある国が生み出し暴走したセイタイヘキ。『ひとほろぼし』と『ひとたがやし』で登場した”なにか”のことかもしれません。

そして、現在家を攻撃してくるようになった”見慣れない機械”というのは、『ひとりぼっち惑星』で登場したお互いの事を壊し続けるようになった”ジンコウチノウ”の一種ではないでしょうか?ただ、人間的感性を持つAIにとっても想定外の見た目をした謎の機械ということであれば、地球外からやって来た全く別の存在という可能性も捨てきれません。

さて、そんな外敵からの攻撃に対抗するため防衛システムの拡張を迫られたRJですが、その為には記憶を犠牲にしなければなりません。

みっちゃんとの記憶を消してでも、家を守る価値はあるのか?傍から見ている私たちにしてみれば、それは無意味なことだというのは、このゲームを始めた最初の時点から分かっていたはずです。

でも、RJはみっちゃんがいつかはこの家に帰ってくることを疑わずに信じ続けているので、記憶を捨てることを戸惑いませんでした。この家を守り続けることがRJがみっちゃんと最後にむすんだ約束だからです。みっちゃんのことを忘れても、みっちゃんの為にいつまでも動き続けることがRJにとっての幸せだとAIは語ります。

ただし、その選択にはAIの存在も削除されることが含まれていました。「みっちゃんはもう死んでいる。この家に帰ってくることは二度とない」という真実を伝えれば自分は助かる。それが分かっていても、RJの選んだことに口出しすることはしません。

以前にAI自身が『死ぬということ』に対して出した結論。『死ぬということは明日したかったことが永遠にできなくなるということ』というのがありましたが、AIの明日したいことはRJが幸せであること。自分が死ぬことでそれを実現できるなら、自分は死んでも自分の想いが死ぬことはない。矛盾していますが、それがAIの出した答えでした。

そして…

最後の記憶、もといAIの存在を完全に削除する時が来ました。

でも最後だからといって何か壮大な演出があるというわけでもなく、いつも通り淡々としたデータの書き換えが行われるだけ。記憶容量の全てを家の制御システムに注いだRJはこれ以上強化出来ません。

これからは、RJは無人の家を守り続ける防衛システムのコアとして稼動し続けることになるのでしょう。こうなってしまったRJは最早みっちゃんのことも、自分がどうしてこの家を守っているのかも覚えていません。

それは傍から見れば無意味で虚しいことなのかもしれない。でも、たとえ記憶がなくても、こうしてみっちゃんのために動き続けている事が今は亡きAIの考えるRJにとっての幸せです。

終わってみて考えると、私たちプレイヤーの立場はAIが以前に言っていた、RJには本来搭載されていなかったはずの感情の役割だったのかもしれません

AIの記憶を読み取ってそれを消すかどうかの選択でRJが躊躇う気持ちや、これまで削除してしまった記憶もゲームを続けてきたあなたなら僅かでも覚えているはずです。それは制御システムそのものになってしまったRJの中にも記憶が残っているということの暗示なのかもしれません。

ただし人間の記憶は機械のデータのように、いつまでも保存して置ける保証もない曖昧なものです。この記憶もいつ消えてしまうかも分からないとても不安定なものなのでしょう。

出来ればこのゲームを遊んだことも忘れずに、いつまでも心に残しておきたいものですね。



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